クヤ165パンタ側

クヤ165パンタ側

 BLOGにも書きましたが、KSモデルのクヤ165のキットを作っていて、ふとネットで検索したら前後運転台の前照灯とラッパの位置が違うことに気付きました。 また、非パンタ側になにやら補強板のようなものが付いていることも・・・実物がもういなければ(←たまにいても無理矢理作りますが) 諦めるのですが、佐久間レールパークで(第2の?)余生を送っているクヤ165を見に行くことにしました。

 ・・・ですが、たった1両の車両のために調査費をかけたくないので、行きは小田原から新幹線にしました。こだまめちゃ遅い・・・ 予定よりも早い新幹線に乗ったので豊橋で1時間弱余ってしまいました。

豊橋鉄道の低床車

 で、乗ったことがなかった豊橋鉄道の軌道線(←なんですか?)に乗りました。帰りの電車と所要時間を計算して「市役所前」 というところまで行ってきました。行きも元名鉄の車両(VVVF音してましたよ〜)で、帰りはレアそうな低床車(2両でしたっけ?)が来ました。いやぁ日ごろの 行いが良いからですね。 

豊橋市公会堂

 市役所前にはかっちょええ公会堂がありました。G50系のプレジデントとかずらっと並んでいたら惚れ惚れしますね。

119系

 119系って初めて乗りました。ドア周りに旧山手線の205系と同じ床敷物が敷いてありましたが、あちらはツルッツルに減っているのにこちらは まだウェーブが残っていて乗降人員の違いを実感。それにしてもノッチを入れたときのドスンっていう衝動が凄いです。他の国鉄〜JR型の1M車 ってみんなそうなんでしょうか。何だか同じ乗り心地です。主制御器の段数が少ないんでしょうか。とはいえ、C1000の音も懐かしいし、自然通風 の抵抗器で山登りをするのは健気でちょっと好きになりました。

PS23

 PS23です。ほほうこうやってパンタを小さくしたんですな。PS16との構造の違いにこの歳になって気付きました。

クヤ165パンタ側
クヤ165非パンタ側

 待望のクヤ165との初対面。やっぱり前後でライト位置が違います。計ったところ側からライト中心まで120oパンタ側の方が 内側です。配管があったからパンタ側は内側に寄ったようにも見えますし、165系を模したならばもともとパンタ側の前面が良くできています。 非パンタ側は予想通り機器搬出入口があり、ライトはこの位置ではないとダメそうです。結局両方の理由で前後で位置が違うのかもしれません。

 計り間違えでなければステップも非パンタ側は20o短かったです。また、サハシ153は前位のみ両栓構造だったようですが、クヤ165はジャンパ線は 片栓で、コックのみ両栓という感じです。これを見てもクモハ40と行動を共にしていたということが分かります。もともとジャンパなんか 繋がないからコックだけ自由度が高ければ運用には支障が無かったんでしょうね。ジャンパ栓の栓受けもありませんし。あ、連結器位置のペイント が無いですね。塗装修繕時に塗り忘れたんでしょう。

機器搬出口の板

 そして、知りたかった機器搬出入口、なんとビス止めでした。t3の板で1190×1180、ビスの頭も塗料で埋まっていないですし、保存 にあたって作り替えたのではなければ入場時にもここから出し入れしていたんでしょうね。模型でビス止めは再現できないでしょうけど、溶接 なのかビス止めなのか気になっていたので納得しました。しかし、この板取っ手が無いですが、外したら大変そう・・・。だからMzc145-100 は取っ手付きなんでしょうか。

 板の内側も気になりましたが、車内に入れず、確認できませんでした。クモハ12の車内への踏み段から確認したところでは普通のデコラ が貼ってあって外せそうな感じではありませんでしたが。

機器搬出口の板

 左下に注目です。ビスが折れたようで、右に穴を開けなおして入れていました。これも脱着していた証拠ですね。昭和56年の 現役車両としては最後の名古屋入場時でしょうか。それとも最近のものでしょうか。一回り大きいビスを入れ直せば良いのになぁ・・・

 ちなみに前後ともラッパの中に蜂が巣を作っていて、どうも採寸していたらブンブンうるさいなぁと思っていたら蜂が巣の前でハァハァしながらコンベックスを 振り回している人間がいて邪魔だったようです。訪問する方はお気をつけて・・・

クヤ165 1位側
クヤ165 2位側

 パンタ側はATS-S標記がありますが、非パンタ側にはありません。本線用はパンタ側かななんて思っていましたが、床下に ATS-S車上子が2個あります。透かしても無かったんですが、結局現役時代は両方に書かれていたようでした。単なる書き忘れですね。 保存車ってこのように綺麗でも現役時代と違ったり(ここははるかに良い方だと思いますが)、模型化には現役時代の写真との比較が 欠かせないですね。

クヤ165 2位側床下その1

 それでは床下を見ていきましょう。2位側です。まず「BS」これは1個しか無かったので前位側、後位側用2個入っているんでしょうね。 1500Vをジャンパに送るかどうか決める歯型スイッチです。これはクヤになって新設のようです。次はMG起動装置と・・・LS?MGHBっぽい外観ですが・・・。サハシ153にも あるので元からある40kVAのMGを動かすためのものですね。続いてEmR、これはATS-Sの非常ブレーキのリレーでしょうか。次はCMR、コンプレッサーの抵抗ですね。C-1000にしては 大きなものですが、新設の1個と既設の1個のを縦に2個収めているんでしょうか。EmRもCMRもサハシ時代にはありません。

クヤ165 2位側床下その2

 水タンクがあったと思われる場所にはMGがあります。これが追加された20kVAでしょうか。さすがにもぐって銘板見たりとかはしなかったので。 ステップはサハシ時代からあるようです。

クヤ165 2位側床下その3

 GS、グランドスイッチの箱が2個ありますが、左は既設で右がクヤとして増えた機器等のためのものだと思います。右のMG起動装置は 新設された20kVAのMG用だと思います。このあたりにサハシだと給水口があったようです。

クヤ165 2位側床下その4

 CM2、コンプレッサーの接触器ですが、おそらく新設されたC1000用ですね。続いて113系1000番台みたいな高圧ヒューズがずらっと・・・。 MGFが2本・・・20kVA用と40kVA用かな・・・それにしては1とか2とか書いていない。113系の冷房準備車は直列に2本入れていたようなので、 これは20kVA用ヒューズかもしれません。MF、これはこのMGFとCMFの頭にくる高圧ヒューズですね。CMF1と2はおそらく既設と新設のC1000用かと。 そうなると1位側で謎が生まれるんですがそれはまた後にします。

 少し離れてMFとVMF1・2、これは両運転台の架線電圧計のものとその頭の高圧ヒューズでしょうね。このあたり、模型で再現すると、知ってるなぁ って感じになるんでしょうね。KATOのサハシ153から水タンクだけ撤去して終わりにしようと思っていたので少し反省。

クヤ165 2位側床下その5

 続いてバッテリーとC1000、バッテリーは単車で留置して訓練するのに必要で新設したんでしょうね。クモハ40とジャンパも 繋がないで移動していたのではパンタ上げてもMGすら回せないですから。C1000は既設のものです。ところで、113系も古いものってC1000 が金網側で積んでますよね。0’とかで車体中央、2000番台で外側へ。ついに最初とは反対側まで出てきてしまったわけですが、 点検するなら2000番台の位置(相鉄6000系とかも)がベストですよね。なぜ最初にこの位置に置いたんだか分かりません。

クヤ165 1位側床下その6

 2位側が終わったんでそのまま非パンタ側前面を通って1位側の床下です。このままパンタ側前面へと見ていきます。 元ダメですね。これは既設です。もともとC1000を積んでいた車両なので。昭和56年9月17日の名古屋工場の標記があります。ということはありがちな 作ってすぐ放置プレイではなく、結構重用されていたんでしょうね。何人の運転士さんを育てたんでしょうか。さて、続いてVR1・2、これは 架線電圧計(あ、高圧電圧計って言い方でしたか。最近ごっちゃに・・・)の抵抗器です。各運転台の直近に置かずに集約配置。 良いですねぇ。美しい〜。

クヤ165 1位側床下その7

 ATS車上子なんかも見えますね。ところで、ATS車上子って機関車だと中央だったり、運転台から離れていますが、それって車体が地上子より 前に出てしまうってことですよね。ウチの車のナビが純正・増設とも車体後部にGPSアンテナを付けていまして、増設はたまに案内が 遅れるんです。桜木町のあたりの左折からすぐ右折とか。車体長さもあるんでしょうけど、関連して気になりました。

 元に戻って・・・既設のブレーキ関係の機器があります。VRの後ろにEmR(第2運転台のもの)や付加補助空気ダメが見えます。

クヤ165 1位側床下その8

 続いて・・・おいおいっこれ客車とかのバッテリー箱じゃないのかってのが出てきました。木造っぽい・・・。旧型客車で見たことが ありますよ。訓練用のバッテリーでしょうか。続いて新設のC1000ですね。だから金網側を前にしたら不便だって言ってるだろうに。

クヤ165 1位側床下その9

 続いてMGR、既設だったようなので40kVA用のMG抵抗ですね。C1000のあった位置に何か機器箱があったようです。これが2位側に2本あった MGFだったのでしょうか。次はMF、、CMF、HF、VMF・・・既設のヒューズボックスですが、CMFは反対側にあったのになぜ?中身は 入っていないのでしょうか。でもそれならば標記は消すはず。HFは車内のヒーター用ですね。・・・で既設らしいVMFは?高圧電圧計が 配電盤にでもあったのでしょうか。う〜ん謎が残るこのヒューズボックス。続いて起動継電器。これってMG起動装置に入っている んじゃないんですか?よく分かりませんがサハシ時代から既設です。そして40kVAMG。

クヤ165 1位側床下その10

 続いて東芝。・・・?何も書いていないんで銘板を見ちゃいました。「電圧調整装置」、AVRのことですね。これも既設です。まさか真空管とか 使っちゃってるんじゃないでしょうねぇ。

クヤ165 1位側床下その11

 さて、屋根上を見れないので、探すものがあります。BFです。何となく上には無さそうなのできょろきょろしていると、あ、あんな中央にありました! 既設MGの裏側ですね。

クヤ165 1位側床下その12

 そしてまだ無いものが・・・整流装置です。これが無いとDC100V作れないですからね。あれ?ただどこの裏にあったのか忘れました(←おいおい)。 まぁこの辺は再現しない予定ですので。ちなみにGSの裏に第2のMGRらしきものも見えました。

 クヤ165って本当は自走したかったけど、ご覧の通り床下が一杯で主抵抗器を積む場所が無くてクヤになっちゃったんじゃないでしょうか。 もちろん種車がサハシだったこともありますが、理想はクモヤ92だったのかもしれません。

 ところで、車内が覗けなくて残念ですが、機器配置やネット画像を見れば、自走(回送)するための回路と訓練するための回路は別系統 になっていて、C1000やMGを増設しているのもそのためのようです。また、車内に主制御器や遮断器があることから、1M車からMMとMRだけ抜いた ような車内で空ノッチをするような車両だったんだと思います。ブレーキ回路も別にしているようで、コックの処置なんかも全て車内で学習 し、床下に下りて操作することは考えていなかったようです。是非次の車内公開の日には見に行きたいです。クヤ153では運転台自体も車内に別に作った あたり、クヤ165でいざ訓練終了後に回送しようとしたら、訓練時の仮設で自走できなかったとか、ATSに引っかかっちゃったとか問題があったのでは ないでしょうか。・・・と余計なことまで想像しちゃいました。

2008年5月17日(急に思い立ってクヤ165に会いに行った日)
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